講釈師が語る黒雲の辰その五 お辰の無事願うお経の教え乞う
「どうせいつかは仕置きの上、野末の晒し首、其の時に可哀想だ、気の毒だと言ってくれる者は誰もいやしないだろう。黒雲の辰が仕置きに上がったと噂に聞けば、あの女は身の浮き橋を踏み外し、とうとう地獄に落ちたかとお経の一つ、折れた線香の一本でも手向けておくれ、それだけで良いよ」
「左様でございますか、必ずそうさせて貰いますよって、もう安心して捕まっとくんなはれ」「まだ捕まりゃしませんよ」
もう二度と会うことのない二人、信兵衛は御用金を首尾よく届け無事に大和へ帰ります。一部始終を女房に話せば今さらのように驚いた。兎も角も生きている内からまず石塔を立て経文を唱え本人の無事を一日でも祈ろうということになり。早速旦那寺の住職へ。
「おっさん、江戸は不思議な所で、金盗む泥棒ばっかりやと思うてたら、金くれる泥棒も居てまんねん、実は」「ふんふん、そうか、ほんなら一心に経文を唱えて、お辰とやらの無事を願いなはれ」「それで直に効き目があるようなお経はおまへんか」「薬やないねんから、うーんそういう事情やったら、観音経やろうな。刀杖難(とうじょうなん)と枷鎖難(かさなん)を覚えたらええな」「トウジョウナンとカサナン? 二つ合わせて何なん?」「何をしょうもないことを、難しき刀と杖と書いて、刀杖難。これは日蓮上人が龍(たつ)の口の御難の時、武士がエイヤッと得物を振り上げた時に上人が此れを唱えたら、其の太刀が段々に折れたという」
「そらよろしおまんなぁ。そしてもう一つは?」「難き枷、鎖と書いて、枷鎖難。これは悪七兵衛景清が、獄屋、牢獄に放り込まれた時に唱えたお経の文句が、此の枷鎖難や、つまり手足を鎖で繋がれておっても再び逃れられるのじゃ」…
(旭堂南龍=講談師)
(トラベルニュースat 2025年11月10日号)
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