講釈師が語る黒雲の辰その七 大岡越前守、髪を下ろし修行命ず
ここに大岡越前守、彼の者を善に導き真人間にして、命を長らえさせようと心に決めました。
早速お白州へ呼び出し
「こりゃ、辰、面を上げ、改めて問い尋ねる仔細がある。その方は余程、過去に善根を施しているに相違ない、今日まで、人の命を助けた覚えはないか」「有難き身に余るお奉行様の仰せ、さりながら賊を致しますほどの拗けた私、非道こそ致しまして、慈悲善根など所詮御座りません」「その一言は、賞すべきに値する。さりながらこれは取り調べにあらぬ、人の名を出したりと言えども決して累の及ぶことはない、悪に強き者には、善にも強いと言う、どうしても無いと申すなら、越前より聞かせることがある」
と印の落ちたこと、身代わりに来た者十名を超えることなど、伝えれば
「お主が、人に情けを掛けぬ筈はない、徒に命を取るのは、奉行の役にあらず、人を救うのもまた裁きである、此の後とも必ず心を入れ替え、真っ当に生涯を送るのなら此の奉行、其の方の命は助けて取らす、人を救いし覚えはないか」「斯くまでお情けをお込め下さる上からは、包み隠さず申します。今から十年近く前、両国の川開きの当日。御用金を盗まれ身投げようとしようした大和は黒木村の百姓を助けた覚えがございます」「左様か、情けは人の為ならず巡り巡って己が元へと申す、其の者がお主の無事を祈っているのであろう。此の越前、此度ほど不思議に思うたことはない、仕置きにしようしても、目に見えぬ何かが止めておるのじゃ、其の方の命は助けて遣わす、さりながら人の道に欠けたる行いを為せば、また天は許さず地は怒って必ず縄目の恥を見せる、この辺りを篤と心得よ。髪を下ろして廻国修行に赴き、終生他人の為に尽くすがよかろう」…
(旭堂南龍=講談師)
(トラベルニュースat 2026年2月10日号)
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